その42 【ミュンスター音大卒業編】
時期:2003年11月頃 執筆日:2005年12月04日 |
回想記その39で卒業試験と書いたのだが、実はあれで全部ではなかったのだ。なにせ教育学部ですからね。残っていたのはレッスンの試験と、口頭陳述(かな?)があった。
このレッスンの試験は個人レッスンとグループレッスンの2種類をせねばならなかったのだが、ただ試験をすればいいのではなかった。この試験をするためには1年間町の音楽学校で研修をしなければならないのだ。というわけなので俺もご他聞に漏れず毎週一回一年間音楽学校に通っていたのだ。
そこでなにをしていたかというと、音楽学校の先生の生徒を受け持ってレッスンをしていたのだ。その場には先生もいて、レッスンの後に色々ダメ出しをされるのである。
まずはちょっとしたストレッチをする。5分。その後発声練習をする。色々やって5〜10分。その後曲を見る。30分くらい。これらを全部あわせて45分。ちなみに彼女ら(女の子が3〜4人だった)は全員素人である。親に来させられたり趣味で歌っていたり、年齢も17〜25,6歳と様々であった。
思ったのは「先生って大変だなぁ」ってこと。先生だから絶対に休んじゃいけないし、遅刻もしちゃ生徒に示しがつかないし、曲を教えたり発声方法を考えたり、レッスンに行く前にもレッスンのことについて時間をつかったり(もしいい先生になろうとしたらね。しなかったら悪い先生になるけど)、研修をして始めてわかったことが沢山あった。あと生徒に歌を教えるのは難しいものだとも思った。自分ができることを生徒ができなかったり、教えたいことでも生徒が理解してくれなかったりすると、どうやったら理解してくれるんだろうと考えなければいけない。
そんなこんなを1年続けて音楽学校の先生からサインをもらってようやくこの試験にこぎつけたのである。
2つの試験は別々に行われ、生徒は自分で用意しなければいけない。それそれ持ち時間は30分で15分レッスンをして、のこりの15分で試験官との話し合いである。そしてその試験には完璧なレッスン用の指導要約を提出しなければならない。これを書くのも大変なのだ。
俺はピアノがほぼ全くといって弾けないので、ピアノを弾かなくていい曲を選んだ。アカペラの2重唱である。もちろん指導のために旋律とかは弾かなければならないところもあったが、それくらいならなんとかなる。個人レッスンのときは発声練習の音階を弾かなければならないのだが、それは自分で毎日のように練習してるので問題はなかった。
そうこうしてレッスンも何とか終わり、その後の話し合いもひやひやしながら終えてレッスンの試験は終わった。それなりにいい点をもらった気がする。
そして口頭陳述のテストでは、オペラについて聞かれた。俺の先生の事前情報で出る課題を知っていたので頑張って覚えたのだ。質問はもうひとりの教授がしてきた。
教「オペラで歌われる声の種類はどんなのがありますか?」
とか
教「このオペラの役の声はどんなものですか?」
とかである。一応大きく分けると女の声質は「ソプラノ」「メゾ・ソプラノ」「アルト」、男声は「テノール」「バリトン」「バス」であるのだが、そこから更に細かく分かれているのである。俺の「テノール」という声種でみても「ドラマティック」「リリック」「ブッフォ」etc.があるのだ。そしてドイツではそれをきっちり分けて、その人の声に合ったオペラの役をやらせたりするのである。意外にこのテストは勉強になった。
このテストでは最高点の1,0をもらい、なんとか全ての試験を終えることができたのである。
2001年4月にドイツに来てから2003年11月を持ってミュンスター音楽大学を無事卒業することができた。ちなみにこっちには卒業式なんてものはないので、全ての試験が終わった時点で卒業なのだ。なんとも味気ない・・・。
しかしまだミュンスターの劇場での仕事がのこっていたのでとりあえずはミュンスターに住んでいた。この後どうしようとか考えていたけど、とりあえず自分の歌にはまだまだ満足しておらず、次の大学を受験することを考えていたのだった。 |
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