その82 【日本を離れて生活をするってのはこういうことだ!編】

時期:2006年03月11日                                            執筆日:2007年11月06日
試験達が終わり、2006年の2月18日から大学は春休みに入りました。とはいってもゼメスター中にやり残した歌のレッスンや、演劇のレッスン、語学学校などとあり、休みのようなそうでないような日々を送ってました。

基本的に僕はそんなに家族とは連絡をとりません。何か必要になった時に1ヶ月か2ヶ月に一回ほどメールでやりとりをするくらいです。親からも特に連絡はないのですが、ある朝起きてパソコンを開いてみると母親から一通のメールが届いていました。それは母方の祖母の死を知らせるものでした。

僕には生まれた時から父方の祖母、母方の祖父と祖母がいました。同じ県内ということもあり、正月や夏休みなど、なにかと母方の実家に行っていました。そこでは小さい頃から従兄弟たちと一緒に遊び、夏には朝から釣りをし、盆踊りやそこに出揃った屋台を覗き込み、正月にはお年玉をもらい、ドイツに留学していからも、日本に帰国した時には必ず顔をだしていました。

母からの連絡を受けたのがドイツでの金曜日の夕方でした。こういうときにドイツは本当にままなりません。外に出て旅行会社に行っても、既に営業時間をまわって全て閉まっていました。家に帰ってインターネットで飛行機のチケットを調べてみたところで、取れるのは1週間後からでした。その後母親と相談した結果、次の夏に帰国した時にお墓参りをすればいいということになりました。しかしどうしてもその時に祖母のそばにいたかった。

結局、その年の夏に会ったのが最後でした。次に会った時は、祖父の建てた立派なお墓越しでした。ドイツに来て初めて、自分がドイツにいることを後悔しました。


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