その40 【オランダのコンクール再び編】

時期:2003年11月08日                                               執筆日:2005年11月29日
ドイツ留学の締めくくりとしての音大卒業試験のことをあまり鮮明に覚えてないのにはわけがある。その直後くらいに怒涛のごとく行事があってずっと忙しかったからだ。

試験の少し前くらいにこれまた俺の先生が

「コンクールに出なさい」

と言うのである。今回は去年受けたコンクールをもう一度と、もう一つ別のコンクール2つを申し込むことになった。一つは卒業試験の3日後、もう一つはその1週間後だった。

去年受けたコンクールとはオランダで行われた国際声楽コンクールである。あのケチョンケチョンだったやつ・・・。今回は卒試で歌った曲をほとんどそれに組み込んで持って行ったので、前回よりは曲も出来上がっていた。なによりその内の一つのオペラアリアで大げさな演技をつけたのだ。小道具つきで。俺は突っ立って歌うよりも、動きをつけて歌った方がよくノれる性格なのだ。

今回の参加者は俺の受けたカテゴリーではなんと5人!(少なっ!!)そして審査員には俺の先生ではないミュンスターの教授が一人入っていた。今回はミュンスターからは俺一人の参加だった。順番は俺が一番最初だったので、残りをゆったり聴くことができた。

演技つきのオペラでは酔っ払いを演じるのだが、椅子に座るところでなんと!お尻から地面に落ちてしまった!後ずさりで進んで座るところだったので、椅子の位置を測り間違えたのだ。尻餅をつきながらも何事も無かったように歌った結果、観客は誰もそれがアクシデントとは気づかなかったようだ。しかしびっくりした。そして酔っ払いの役でよかった・・・。

今回も3位からの発表だったのだが、審査員の長い話し合いの後で最初に演説があった。

「まずコンクールというのは自分の力量を示す場所であり、楽譜をしっかり勉強してきているということが前提にあります。今回の審査はそれも考慮されました。」

とのこと。一人なかなか上手い子がいたのだが、彼女は2曲ほど楽譜から歌っていたのだった。なのでそれはどうよ?って感じのことだろう。その後発せられた言葉は、

「今回の選考の結果、3位はありません。」

とのことだった。1位無しはわかるが3位無しに意味はあるのだろうか?まぁ参加人数が少なかったから減らしたのだろうかとも思った。これで枠が一つ少なくなった。1位をとるのはその子と思っていたのだが、その前の演説があったせいで点数を引かれてるのかなと考えながら2位の発表を待った。

「2位はマリオン・プルンメル」

透き通った綺麗な声で歌うソプラノが選ばれた。彼女が歌った内の一曲はその教会に備え付けられてたオルガンと一緒に歌っていた。楽譜を持って歌った子が1位か2位だと思っていたのでここに来て俺の望みは絶たれていた。結構2位なら取れるかな?と甘い期待を胸に抱いていたので彼女の名前が呼ばれたときには椅子に座りながら肩を落としていた。

「1位はタダヒロ・マスジマ」

へ?一瞬何が起こったのかわからなかった。2〜3秒固まってると、後ろに座ってた観客のおっちゃんが俺の肩をたたいて

「君だよ!さぁ前へ出た出た!」

と俺をせきたてる。とりあえず嬉しいのか何なのかよくわからない表情で前に出て行く。総監督のような人から花をもらい、そして一位の賞状と賞金の入った封筒をわたされた。握手をする。そして選ばれた経過を少し話した。

「このように、彼は彼の歌を持ってして私達を本当に楽しませてくれました。この会場にいるすべての人がこの選考に満足していると思います。」

だった。観客もうなずいていた。「何か話したいことはありますか?」と聞かれたので俺はマイクの前に立ち、この未だに複雑な気持ちのまま喋れるドイツ語を頭に思い浮かべた。

俺「一位になったということはまだ信じられません。でも僕を選んでくれた審査員とこの会場にいる皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。どうもありがとうございました。」

コンクールが終わって車に向かう道すがら、観客の何人からか「おめでとう!よかったよ!」と声を掛けられ、本当に1位をとったんだなぁとじんわり理解し始めていた。

ミュンスターに帰って次の日先生に話すとびっくりすると同時に喜んでくれた。俺もびっくりだったもん。

このコンクールで思ったことは、コンクールって運も必要だなってこと。今回受けたのがたまたま5人という少ない人数で、尚且つ結構歌える人がきちんと準備できてなかったり、審査員が俺のことを良く知ってるひとだったりと、いろんな要素が絡まりあっての受賞だったと思う。

でも1位は1位なので(しかも一応国際コンクール)、履歴書にはしっかり書いてます(笑)。

今後のことはまた次回へ・・・


Copyright (c) 2006-2019 Tadahiro Masujima. All Rights Reserved
inserted by FC2 system