その34 【卒論いっぱいいっぱい編】

時期:2003年03月終わり頃                                             執筆日:2005年11月20日
指定された卒論の提出期限は2003年3月29日。提出期限に間に合わせようと必死でがんばる。まず最初にやったことは日本語で全部書くことだった。それからドイツ語に直すほうが当時は楽で、文の構成なども立てやすかった。そしてドイツ語に直したやつをドイツ人のところに持っていって見てもらう。ほとんどはチンプンカンプンに訳しているので彼らに「ここは何を言いたいんだ?」と聞かれ、それを説明して正しいドイツ語に直してもらう、という作業を繰り返していた。1日かかって5ページくらい進むのが限度だった。もちろん毎日彼らのところに行くことはできず、きちんと日にちを決めて修正を手伝ってもらっていた。

そんなこんなしている時にもやはり歌を歌わねばらなず、運がいいのか悪いのか、当時劇場であった小さなオペラのオーディションに受かってしまったのだった。それはオーケストラを高校生以下のメンバーで演奏し公演するというコンセプトで、主な歌い手は劇場のソリストからと、いくつかの役はオーディションで選出されたのだった。

このオペラはコミカルなもので大まかに説明すると、とある百貨店のお客様相談室の話で、その社員「プリム」さんが、苦情を言いに来た客をうまくあしらって仕事をこなしていくというものだった。

俺の役はその客の中の一人で、自分は昨日買い物をしたんだけど、それが気に入らなくて取替えに来たんだ。交換したいのは女性のショーツとだ。化学繊維の女性用のショーツを見つけて試着しようとしているのに、おたくの店員は顔をしかめてダメだという。一体どうしたことか!?とまぁどうにも変態チックな役なのだが、このアリアをオーディションで演技つきで歌った時に演出家がその演技を気に入ってくれたらしかった。

オーディションに受かって練習が始まったのだが、初演は4月26日でもちろん3月の中旬から練習が始まる。卒論は一向に進まない。もうパニクる。もちろんミュージカルもまだ上演されていた。

日本語の文章はほぼ出来上がっていて、それをドイツ語に直す作業に時間がかかったし、さらにそれを校正するのにその3〜4倍の時間がかかっていた。3月20日の時点で出来上がっていたのは3分の2。どうやっても間に合わん・・・。当時の俺は逃げに走っていた。そっちの方向への情報も集め始めていた。そして追い詰められた俺のとった行動とは・・・。

つづく・・・


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