その26 【金田一少年現る!編】

時期:2002年09月中旬                                               執筆日:2005年11月12日
ボロボロになった体を引きずり、気力を振り絞って歩いた末にたどり着いたInnenarztの扉の前。とりあえず中に入ると目の前にエレベーターとその左に階段が見える。病院は2階だが、迷わずエレベーターに乗り込んだ。1のボタンを押して待つ(ドイツの1階は日本の2階。そして「閉まる」ボタンが無い)。2階に着く。着いた時の振動ですら体にはこたえる。受付に行き、症状を告げると待合室で待つように言われる。

待合室で椅子に座り、もう立ち上がれないかもしれないとか思ってそのまま座っていると、10分くらいしてお呼びがかかる。部屋に入ると白衣を着て椅子に座った怪しげなおっさんがいた。いや先生なんだけどね。

症状を告げると「君、何食べたね?」と聞かれた。急にそんなこと言われてもパッとは思い出せないし、脳がうまいこと働いてはくれなかった。

俺「え〜っと・・・ハンバーグにサラダに、、、あと何があったかな・・・?」
先「その料理の中に卵とかなかったかい?」
俺「うーんと、多分あったと思います」
先「それじゃ決まりだな。Lebensmittelvergiftung(レーベンスミッテルフェアギフトゥング)だよ、キミ」

なにやら長い単語を言われる。どうせ専門的なことを言われるだろうと思っていたので用意していた辞書を取り出し調べてみると、

「食中毒」

とあった。そうか、これがあの食中毒か。O157とか、集団食中毒とか、テレビでのほの〜んと見てた、アレか!!

病名がわかったところで先生が薬を処方してくれた。どうやら抗サルモネラ剤らしい。それと検便用の小さな包みたいなのももらった。何日間か薬を服用してから検便を提出するらしい。保健所の方へ報告しなければならないらしかった。

帰り際に先生が食べていいものとかを教えてくれた。

先「食べ物は必ず汁気のないものを摂るんだよ。トーストとかも食べていいが、必ずトースターで焼いて、バターは塗らないこと」
俺「りんごのすったやつと紅茶を飲めって言われたんですけど・・・」
先「なんだと!?それはイカン!!食中毒の時に紅茶を飲んだらイカンよ!」

と怒り出す。次から総合病院には行かないことに決定した。

その後この「Innenarzt(インネンアルツト)」も調べてみると「内科」と書いてあった。そうか、食中毒の時は内科に行くのか、と体を使って勉強した。

内科で処方された薬を飲むと見る見る間に体調がよくなっていった。3日もすると堅いご飯が食べられるようになった。そして学校にも行けるようになり、そこで日本人と会うと、なんとその内の何人かも俺と全く同じ症状に陥っていた。正確な数5人で、その中の2人は軽症、3人は重症だった。ちなみにオレ重症。

そして!!いろいろ話していくうちに突き止めましたよ・・・、一体何が原因だったかを・・・。謎はすべて解けた!ジッチャンの名にかけて!それは、

「ティーーラーーミーースゥーー!!」

だ!!

このティラミスというのは曲者で、材料に生の卵白を使う。パーティーをした日は珍しく暑く、しかもそれを持って直射日光照りつける中を歩いてきた(遅れてきた3〜4人)もんだから、サルモネーラーが繁殖しちまったのだ。そのときあったのは深皿3つのティラミス。そのうちの一つが侵されていたようだ・・・。おれ達5人は被害者・・・。

犯行に使われた凶器は判明したが、それと同時に加害者も判明してしまった。。。もちろん当人にそのつもりはなくとも業務上過失傷害だ(いや、知らんけど)。おれ達5人は話し合い、その凶器が何であったか、犯人が誰であったかを口外しないことにした。もちろんティラミスを作った人を気遣ってのことである。

それ以外に学んだこと。卵は使う前に洗う!というのも菌は卵の殻についてる場合がおおく、割った時にそれが付くらしいのだ(コレは後で知ったことだが)。特にドイツの卵はきちんと洗浄されてない。鳥の糞とか付いてる。絶対に洗うべき!!それと、それ以来卵を半熟で食べるのが怖くなった。必ずしっかり完熟!!

ドイツでの一人暮らしで命の危険にさらされる状況を、実体験を通して学んでいったのでした。一人暮らしの人、気をつけましょう。


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