その22 【突然の知らせ編】

時期:2002年05月11日頃                                            執筆日:2005年11月08日
俺が一人暮らしをしだして間もなく、もう一人の住人が引越した。ジェリーという犬を飼っていたゴシック系の若いネーチャンだ。その後入ってきたのはアネッテという30歳くらいのドイツ人の女の人だった。

一人暮らしを始めてからも、たまにエイジさんに会うためにハムのアンドレアスの家まで行ってたのだが、そこでアネッテとしりあった。彼女の第一印象は「神経質な人だなぁ」だった。実際神経質というか几帳面で、前の住人と違って掃除はきちんとするし、決められたことはこなしていた。

どういう経緯でかは忘れたが(多分ゾニヤから聞いたんだったか)、彼女は病気であるということだった。彼女の病名は「後天性免疫不全症候群」、通称エイズである。本人もそのことは知っているようだった。そしてアンドレアスはそのことを知っていたにもかかわらず彼女を住人として受け入れた。彼の寛容さには頭が下がる。

何度か一緒にキッチンに座り、エイジさんと3人で話をする。俺も色々話したかったのだが、いかんせんまだドイツ語に慣れてなく、軽い日常会話程度しかできなかった。話す内容はというと、その時の夕食のメニューのことだったりとか日本のことについてだったりとかだった。

エイジさんは彼女とよく夕食で一緒になるらしく、色々話をしていたらしかった。彼から聞いたのだが、月に一回くらいのペースで医者が彼女を訪れるそうだった。検診だろう。一回たまたまその場面に出くわして、とりあえず席をはずしていたのだが、その後の話で「いつもいろんなこと聞かれて、今の状況を話すの。今のところ普段とかわらないわよ」といっていた。

あるときは夕飯を一緒に食べていたのだが、自分が作った料理を食べて、そのあと気分が悪くなりトイレで戻していた。エイジさん曰く、たまにそういうことがあるらしかった。

学校での授業も忙しく、当分エイジさんを尋ねることができなくなっていたころ、学校の学生控え室でたまたまアンドレアスに会った。彼は当時卒業間近だったので授業数も少なく、会うのは久しぶりだった。俺はその時他の友達と話をしていてアンドレアスを見つけ「おー、久しぶり。元気?」などとドイツ語会話初級の文章をそのまま喋っていたのだが、アンドレアスは俺を見つけるとなんともいえない顔をして一言こう言った。


「アネッテが死んだよ」


え・・・?一瞬何のことだかわからなかった。アネッテって誰だっけ?gestorben(ゲシュトルベン)って死ぬって意味だっけ?次に出てきた言葉はなんとも味気ない言葉だった。今でもなぜこんなにそっけない言葉を発したんだと悔やむ。

「いつ?」

どうやら3日前らしかった。2002年5月11日の土曜日、彼女は息を引き取ったらしい。

数日後、彼女の葬式が行われた。ドイツでの葬式というのは初めてだったが、人が死ぬってやっぱり悲しい。

黒いスーツに黒いネクタイを締めてアンドレアスとエイジさんと墓地に向かう。日本と違ってドイツは土葬だ。墓地の前に小さな教会がある。その前でアネッテの両親、兄弟、知人と軽く挨拶を交わす。エイジさんはぶっちょう面だ。こんな朝からなんて面倒くさいと言っている。

教会の中に入ると花に囲まれた木製の棺とその前にアネッテの写真があった。神父が式を始める。途中でアネッテの好きだったというバッハの音楽がCDラジカセから流される。

それも終わり棺が墓石の前まで運ばれることとなった。われわれもそれに続く。緑茂る短い並木道を通り、アネッテの名前の刻まれた墓石に向かう中、エイジさんが声を出して泣いていた。彼女の死の間際、一番長い時間彼女と接していたのはエイジさんだったのだ。アンドレアスが彼の肩をとり一緒に歩く。彼らの前を一人で歩いていた俺もなんだか泣けてきた。

墓石とその前にあいた深い穴の周りに皆集まる。神父が何か喋っている。その後、その場にいたそれぞが穴の中に収められた棺の上に思い思いの品を投げ入れる。そして盛られた土をスコップで少しすくい、かける。何も持ってない人は、神父から花を受け取り入れることができる。俺も同じように花を投げ入れ、土をすくって棺の上にかけた。エイジさんはポストカードを投げ入れた。彼女へのメッセージが書いてあるらしかった。

全ての人が終わると、最終的に土をかぶせ、アネッテという人物がこの地上から姿を消し、深い眠りについた。


今でもたまに思い返す。
エイズの人のこと。
人間は簡単に死んでしまうこと。

そして自分が生きていることに感謝する。
まだまだやれる。
がんばっていこうと思う。


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